静かなギター




 フウは小さなころから歌が大好きな女の子でした。それは、歌が大好きなお父さんの影響でした。フウのお父さんはセイさんといって、歌を歌う人だったのです。でも、お父さんは時々歌を歌いに行く以外は家にいて、二人の暮らしは貧乏でした。けれども、フウはちっとも気になりませんでした。お父さんがいて、歌があって、お父さんのギターがあれば、それで幸せだったのです。
 お父さんはお仕事用に、リィマと言う名前のギターをもっていました。柔らかな曲線を描く、美しいからだのギターでした。声も、同じように柔らかくて、優しい音でした。フウは、お父さんとリィマと一緒に歌うのが大好きで、毎日毎日、3人でいくつも歌を歌いました。
 でも、お父さんには実はもうひとつギターがありました。物置の隅っこにおかれていて、お父さんが時々手入れをするとき意外は、フウも見たことがありませんでした。そのギターはエレキマ、と言う名前で、フウにはとても特別なギターに見えました。エレキマはとても無口なギターでした。初めて会ったときに、「エレキマだ」と一言言ったきりで、それ以外口は聞きませんでした。フウはよく、お父さんに尋ねたものです。
「おとうさん、エレキマと歌は歌わないの」
 するとお父さんは、わらって、こう答えました。
「エレキマはね、特別なときにしか歌わないんだよ」
 フウにはよくわからず、聞き返しました。
「特別なときって、どんなとき?」
「エレキマが決めたときだよ」
「ふうん・・・」
 そのときは、エレキマはやっぱり気難しいのだなぁと、そんな事を考えていました。

 それから、数年の後、セイさんは亡くなりました。
 寒く寒くなってゆく、秋のことでした。フウはじっと、たってお父さんの居ない家の中を覗き込みました。フウと、セイさんと、リィマと3人で一緒に歌った場所は、すべて色あせて見えました。
食事をするテーブル。毎日粗末なスープしか食べられませんでしたが、フウにとってはご馳走でした。怖い話を聞いてきた日は、狭いベッドに3人で寝たこともありました。庭にはいつも黄色いお花が咲いていて、笑いながら揺れていました。3人はそれを眺めながら、歌を歌いました。椅子は二人分、もう一つある台は、リィマが休憩をする場所・・・そこにあるリィマも、もう話せないかのように横たわっています。
 リィマの体が震えるのを見て、フウは駆け寄り、その弦をはじきました。「セイさんと、一緒に燃やしてほしいの・・・」リィマはそう言いました。フウの聞いたことの無い悲しい音色でした。リィマはポロロンとなき続けました。

 フウは、リィマにさようならを言って、言われたとおりに、セイさんとリィマを一緒に燃やしました。秋風が、家の中に吹き込んで、寂しそうに窓を鳴らしました。もう、風が入り込んできても、弦を鳴らせて寒がるリィマも、いません。笑ってリィマの文句を受け入れるセイさんもいません。寒い寒いときの歌を歌うフウだけが、そこに立っているのでした。

 お父さんが、フウに残してくれたのは、お家だけでした。けれどお父さんは借金をしていたので、お家を売ると、フウにはちょっとのお金しか残りませんでした。村長さんがフウにお金の入った袋をわたしてくれました。
「フウちゃん、お父さんがね、フウちゃんの行き先を決めておいてくれたよ」村長さんは悲しそうに言いました。「これから、おばさんの家で暮らすんだよ」
村長さんは昔から優しくしてくれました。村の人たちも、みんなそうです。別れは皆がつらいものなのだと、フウは思いました。
 フウはにっこり笑って「はい。わたし、行きます」と言いました。村長さんも、笑ってくれました。
 そうと決まれば、フウは、お家の片づけをしなければなりませんでした。でももともとフウとお父さんの持ち物は、あんまりありませんでした。二人には、ギターと歌しかなかったのです。
フウはその時、やっとエレキマのことを思い出しました。慌てて空っぽになった物置に飛び込むと、やっぱりエレキマはそこにいました。
「エレキマ・・・」
フウは何をいっていいのかわからなくなって、じっと立っていました。そして、フウはそっとその弦に触れました。びぃぃん、とエレキマは鳴きます。
「お父さんが、死んだんだな」
 ほんの少しの沈黙の後、エレキマが言いました。フウはびっくりしてエレキマを見ます。エレキマはそれっきり黙ってしまったので、フウはうなずきました。そのとたん、フウの目から涙がこぼれました。涙はぽろぽろとこぼれて止まりませんでした。お父さんが死んでから、お葬式の間もずっと、フウは悲しくありませんでした。それなのに、エレキマの言葉でこころにぷすんと穴が開いて、中身があふれ出てくるようでした。フウは涙をいっぱいにためて、エレキマを抱きしめました。そのとき、エレキマが歌を歌いました。
「エレキマはね、特別なときにしか歌わないんだよ」
 お父さんの言葉が、聞こえてきます。フウは悲しくないのに、たくさん、たくさん泣きました。エレキマは、フウが泣き止むまでずっと歌を歌っていてくれました。聞いたことの無い優しい歌でした。
しばらくして、フウは泣き止みました。エレキマの弦をはじくのをやめ、フウはじっと離れてエレキマを見つめました。
「あたし、おばさんの家へ行くの」
 エレキマの返事はありませんでした。
「エレキマ」フウは小声でエレキマを呼びます。「一緒に来てくれる?」
 エレキマは、やっぱり何もいいませんでした。けれどもフウにはわかりました。エレキマはお父さんが残してくれたもので、そしてエレキマ自身がそれを認めているのです。フウはエレキマをもう一度抱きしめて、目を閉じました。
 先のことは、わからない。だけど、私にはまだ歌がある。エレキマが、いてくれる。

 フウはカバンを一つ、肩から提げて、大きなエレキマを抱えて、道の真ん中に立ちました。ずっと続く道が、フウを何処に連れて行くのか、フウは知りません。おばさんの家へは行くでしょう。けれどその先の出来事をフウは知りません。
 けれど、フウは、きっとエレキマと一緒なら大丈夫だと、そう思うのでした。

おしまい
あとがき*********************************
団長のライヴ祝いにささげさせていただいた作品
ひょっとしたら、続く・・・かもしれません。構想だけはあるんですけれど
読んでくださって 有難う御座いました。
カゲ
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